吟行に参加するときの心がけ

多作の習慣をつける

多作になじめないあいだは、5句と決められたら必死に5句を詠むことに全精力を傾けます。で、5句揃ってしまうと、やれやれとひと安心してもうあとが続かない。大抵はこのパーターンですね。

ではどうするかというと、実際にぼくが取り入れている秘伝を公開しましょう。

日頃の吟行でもぜひこの方法を応用してみて下さい。 具体的には、吟行句会での出句が5句であれば、最低でもその2倍、出来るだけ3倍の15句は詠むということを目標にします。 とにかく多作を心がけて、最終的に15句の中からベスト5を選ぶのです。この方が遙かに楽です。

単独吟行に行くときも、今日は30句詠むまでは帰らない、というような目標を自分自身に課して、できるだけ目標に近づくように頑張ります。そのためには佳句を詠もうという意識は忘れて一心不乱に多作をめざします。

『玉石混淆』家に帰ってから多作の句帳を眺めていると、雑の句に混じって必ずいくつかは光る作品があるはずです。

騙されたと思ってこの方法を半年続けてみて下さい。成績に執着しない限り、7句出句であろうが10句出句であろうが、句を揃える事への恐れはなくなります。

手もちの句は持っていかない

吟行で一句も詠めなかったらどうしよう…

と心配して、あらかじめ詠んだ句を準備してこられるかたがあります。じつはこれが一番の弊害なのです。

安全パイを持っているという油断があるので、集中して句を詠もうという緊張感が湧きません。 うろうろ移動するばかりで、最終的には何とか詠めた1~2句と手持ちの句を足して出句することになります。

メンバーの個性を熟知している選者であれば、吟行句かそうでないかは直ぐに分かります。 この習慣から抜け出さない限り、吟行の楽しさや、ほんものの俳句の喜びは見いだせないと思います。

先入観を捨てて白紙でのぞむ

吟行地が決まるとネットで情報を集めたり、熱心に資料を読んで予備知識を備えます。

特にその土地の風土や歴史を予習していくこはとても有用なことです。 けれどもそうした予備知識をもとに詠もうとする句のイメージまで作り上げてはいけません。 なぜなら、有名な吟行地の風土や歴史に立脚した句は詠み尽くされているので、たいていは類想になることが多いからです。

先入感に縛られているとどうしても、視点が限られて他のことが見えなくなりやすいです。 個性的な句を授かるためにむしろ誰もが詠みそうな題材は避けて、自分しか発見できないような対象を探しましょう。

  • 梅の名所だから梅を詠む
  • 桜の名所だから桜を詠む
  • 紅葉の名所だから…
  • なになにの名所だから…

これらもみなある種の先入感なので、それに執着するとせっかくの出会いを見落としてしまいます。

吟行対象を欲張らない

広々として見所の多い場所は、ある意味で吟行にはむきません。どうしても目移りするのであちこち移動し、結局は表面的に見えることしか捉えられないからです。

吟行と観光とは全く違うということを覚えて欲しいです。とはいっても初めてのところは、出来るだけたくさん見てみたいですよね。 そこで、時間配分にメリハリをつけて、ここというところを早く見つけて俳句モードで先に必要な句を詠んでしまいます。 そのあと、観光モードに切り替えてゆっくりと楽しめばいいのです。中途半端は一番良くないです。

吟行のあとの復習が大事

多作方式の場合、吟行や句会の時に一句として未完成であった作品もたくさん残っています。これらを見なおして推敲するのです。 冷静に作品を見直すことでことばの配置を換えた方がよいと気づいたり、句会の時には思いつかなかったような措辞に気がつくということもあります。他のメンバーが詠んだ作品から学ぶことも多いはずです。

吟行の目的は材料を仕入れること、吟行句会というのは練習道場みたいなものです。 むしろ、そのあとでどのように仕上げて作品の完成度を高めるかということに心血を注ぐことが重要です。推敲に推敲を重ねることで光り輝く作品に仕上げましょう。