俳句を詠むときの心がけ

作った俳句は何度も読み返してから投句する

まず、具体的で、すぐに実行できる心がけを一つお話します。 それは、

作った俳句は何度も読み返してから投句する

というものです。このページに書かれていることをすべて忘れても、このことだけは必ず守るようにして下さい。 これはマナーでもあり、また上達のために欠かせない基本中の基本なのです。

俳聖芭蕉は、舌頭に千転せよ と、弟子達に教えました。

何度も読み返していると誤字や脱字を発見するときもありますし、ひとりよがりの表現になっていることに気づくこともあります。 冷静になって他人が読んでも理解できるかどうかをチェックするのです。 作者には一句が生まれた情景が分かっていますが、鑑賞する人は白紙の状態なのです。 こうしてチェックすることを「推敲する」ともいいます。 作りっぱなしというのでは、本当の実力は身につきません。

具体的に直感を働かす

句を作るときに具体的に直感を働かす訓練をすることが大切です。 幼い子供たちがどんなふうに感動するか観察してみて下さい。 大人なら「きれいだね〜」というところを、想像力豊かな幼子たちは、

>なになにみたいだね!

と言うはずです。

全く波の立たない静かな海を見て、何と静かな海だ! と感じるのでは平凡です。

鏡のようだ!

と感じてほしいのです。

また、「見上げる」とか「見下ろす」という代わりに、「空の~」「大地の~」という表現をすればより具体的に伝わるでしょう。

知識、常識、概念を捨てて幼子のような気持ちで自然に対する

事が大事なのです。吟行が苦手で…と、おっしゃる方を何人も知っています。 佳句を詠まねばと構えた段階で、すでに感性をシャットアウトしてしまうことに気づいてないのです。

感性のない人は一人もいません。幼いころに体験した好奇心や驚きを思い出してください。それらはみな神様が平等に授けられたものです。 成人となり知識や理屈の生活に追われている間に忘れてしまっているだけです。 だから、忍耐強く訓練をつめば、必ず取り戻せるのです。

瞬間の驚きを写生する

拙作で恐縮ですが、表題のことについて説明するのにちょうど適当な例があるので紹介しましょう。

原句:花筏早瀬の波に躍りゆく

花筏というのは桜の落花が、 あたかも筏を組んだように集合して川などを流れていくものを言います。 よく見かける情景ですから掲句の説明は不要ですね。 この作品を小路紫峡先生は次のように添削してくださいました。

紫峡先生の添削:花筏早瀬の波にさしかかり

俳句は瞬間写生で表現するほど力強い作品になります。 添削は、「いままさに・・」という躍動感が感じられますね。 やがて躍り去って行く情景は句の余韻の中で連想できます。 この違いわかりますよね。この句を青畝先生はさらに次のように添削してくださいました。

青畝先生の添削:花筏今や早瀬にさしかかり

そうです。早瀬といえば当然、波は連想できますから省略できます。 そして、「今や」という措辞を加えることで鮮明に瞬間写生になりました。 俳句は斯く詠み、斯く推敲(添削)する、と言う見本として実にわかりやすい例だと思ったので書いてみました。

  • 瞬間の驚きを写生する
  • 出来るだけ言葉を省略する

よく省略の効いた句は、切れ味が鋭く力強いです。 でも、そんなことを考えながら作れるものではありませんね。 吟行で作るときはとにかく無心で作句し、後で推敲すればよいのです。

当季でない季語を使ってもいいの?

必ず当季(今の季節)を詠まなければならないという規則はありません。 実際に見た情景によって秋に夏の句が生まれることもあります。

俳句は報告書ではなく文芸ですから、 良い作品にするために「上手に嘘をつく」ことはテクニックとして存在します。 これは実景を見ないで空想だけで作る虚構の句とは根本的に違います。

要するに、眼前の情景に「秋らしさ」を感じるか、「夏らしさを」を感じるかの感性が重要で、その点は伝統俳句でも自由です。 今が秋だから、夏だからと考えて拘束されるほうがむしろ固定概念になると思います。

伝統俳句では季語がいのちだといいました。 季語の持つ「味」があるからこそ、わずか十七文字で深い深い余韻を生み出せるのです。 その句を生かすためにどの季語が最適かを考えればよく、必ずしも今の季節にこだわることはありません。