実景を見ないで想像だけで作った虚構の作品は正しい伝統俳句の世界では通用しません。俳句は作るものではなく事実の感動を言葉で写生するものだからです。

ある程度写生の修練を積んだ人なら、その作品が事実に基づいた写生か頭で考えた虚構であるかは簡単に見抜くことが出来ます。もし虚構で着飾った作品に共感する人がいるとしたら、その人が虚構を好むのであって、 ことばあそびと感動とを勘違いしているのだと思います。

伝統俳句というこだわりを捨てれば、ありもしない情景を言葉巧みに組み立て、その響きに自己陶酔する世界もあるでしょう。けれども、後々になってその句を読み返したとき、はたして感動が蘇るでしょうか。 もともと命の無いものが蘇ることは決してありません。